鬼に訊け

宮大工 西岡常一の遺言

西岡常一とは-年表と解説-

西岡常一の生涯

1908明治41年法隆寺棟梁西岡常吉の嫡孫として生まれる。父楢光、母つぎ。
1915大正04年斑鳩尋常高等小学校入学。3年生のころより祖父常吉より大工の手ほどきを受ける。
1921大正10年工業高校か農業高校かで祖父と父が対立するも祖父の意見が通り、4月に生駒農学校に入学。
1924大正13年3月、生駒農学校卒業。夜は棟梁としての心得、法隆寺の宮大工の「口伝」を伝授される。
1928昭和03年営繕大工として認められる。
1931昭和06年12月、法隆寺西室修理工事。
1934昭和09年2月、奥村カズエと結婚。27歳。法隆寺東院礼堂解体修理。初の棟梁となる。
1936昭和11年1月、法隆寺西院大講堂解体修理、副棟梁。
1938昭和13年5月、臨時召集。8月、中支派遣揚子江沿岸警備につく。
1939昭和14年8月、召集解除、帰郷。9月、法隆寺東院絵殿、舎利殿、伝法堂解体修理。
1941昭和16年8月臨時召集、満州黒竜江省トルチハに駐屯。
1943昭和18年10月、召集解除、帰郷。11月、法隆寺五重塔の解体調査、金堂上層の解体を行う。
法輪寺三重塔、落雷のため消失。
1945昭和20年4月、臨時召集により、朝鮮木浦望雲引飛行場の警備防空壕工事に従事。
8月15日、終戦。10月、福岡港に上陸、帰郷。
11月、法隆寺五重塔の解体部材の復元と精密調査。
1949昭和24年1月26日、法隆寺金堂全焼。上層は解体してあったので難を逃れる。
3月、法隆寺下層を新材で復元、上層は修理を施す。
1950昭和25年1月、肺結核のため27年3月まで療養。
1956昭和31年4月、新発足の法隆寺文化財保存事務所の技師代理となる。
1957昭和32年奈良文化財研究所の鈴木嘉吉、工藤圭章と協力して法隆寺東室解体修理復元調査。
1959昭和34年10月、広島県福山市草戸明王院の五重塔、本堂、書院、解体修理。本坊庫裏屋根替修理。
1967昭和42年3月、法輪寺三重塔再建工事に着手。小川三夫(現「鵤工舎」代表)を弟子にする。
1968昭和43年9月、近鉄奈良駅歴史教室の依頼で薬師寺西塔の模型を制作。設計、浅野清氏。
1969昭和44年3月、法輪寺三重塔初重木造り。
1970昭和45年5月、大岡、太田、浅野氏の指示により薬師寺金堂の設計と思案模型を制作。
11月奈良県文化賞を受賞。同月、生駒、浅野氏とともに台湾の檜を検察。
1971昭和46年5月、薬師寺金堂の設計図完了。5月、起工式。4月と10月に台湾に渡る。
1973昭和48年4月、薬師寺金堂立柱式。8月、法輪寺三重塔の再着工、施工、清水建設。
薬師寺金堂と法輪寺三十塔の棟梁を兼務。12月、薬師寺金堂上棟式。
1974昭和49年4月、親子で吉川英治文化賞を受賞。4月と9月、西塔の用材検収のため台湾へ渡る。
1975昭和50年7月、薬師寺金堂完成。11月、法輪寺三重塔落慶法要。同月、紫綬褒章受章。
1976昭和51年4月、薬師寺金堂落慶法要。
6月、薬師寺西塔復元再建の設計のため、東塔の精密実測調査と西塔跡地下発掘調査。
1977昭和52年1月、胃癌のため入院。同月、時事文化賞受賞。7月、文化財保存技術保持者に指定。
10月、薬師寺西塔起工式。11月、現代の名工として表彰される。
1978昭和53年5月、仏舎利奉案納。10月、西塔起工式。
1979昭和54年4月、西塔鎮壇具埋奉。6月、三蔵院試案手伝い。
9月、中門・回廊試案。地蔵院改築。11月、西塔相輪奉着。
1980昭和55年2月、東僧坊着工。10月、西塔木工完了。
1981昭和56年5月、勲4等瑞宝章受章。日本建築学会賞受賞。
同月、共著『法隆寺』でサンケイ児童出版文学賞受賞。6月、中門実施設計。
1984昭和59年10月、中門落慶式。11月、玄奘三蔵院落慶式。
1990平成02年5月、山崎佑次監督、ビデオ作品『宮大工西岡常一の仕事』『西岡常一寺社建築講座』の撮影開始。
1991平成03年5月、勲4等瑞宝章受章。日本建築学会賞受賞。
同月、共著『法隆寺』でサンケイ児童出版文学賞受賞。6月、中門実施設計。
1992平成04年宮大工として初めて文化功労者に選ばれる。
1993平成07年斑鳩町名誉町民となる。
1995平成08年4月11日、没。86歳。斑鳩町民葬。3月、薬師寺大講堂起工式。
1996平成09年3月、薬師寺大講堂起工式。
1998平成10年6月22日、高田好胤住職遷化。
2003平成15年3月、大講堂落慶、薬師寺白鳳伽藍の復興ほぼ完了。

西岡常一が関わった建築

法隆寺
法隆寺(ほうりゅうじ) は、奈良県生駒郡斑鳩町にある聖徳宗の総本山である。別名を斑鳩寺(いかるがでら)という。法隆寺は飛鳥時代の姿を現在に伝える仏教施設であり、聖徳太子ゆかりの寺院である。創建は推古15年(607年)とされる。金堂、五重塔を中心とする西院伽藍と、夢殿を中心とした東院伽藍に分けられる。境内の広さは約18万7千平方メートルで西院伽藍は現存する世界最古の木造建築物群である。法隆寺の建築物群は法起寺と共に、1993年に「法隆寺地域の仏教建造物」としてユネスコの世界遺産(文化遺産)に登録された。
薬師寺
薬師寺(やくしじ)は、奈良県奈良市西ノ京町に所在する寺院であり、興福寺とともに法相宗の大本山である。南都七大寺のひとつに数えられる。本尊は薬師如来、開基(創立者)は天武天皇である。1998年(平成10年)に古都奈良の文化財の一部として、ユネスコより世界遺産に登録されている。現・管主は山田法胤師である。インタビューに答えてくださった安田瑛胤長老は、先代の管主。
法輪寺法輪寺三重塔
法輪寺(ほうりんじ)は、奈良県生駒郡斑鳩町にある仏教の寺院。三井寺(みいでら)とも呼ばれ、「法林寺」「法琳寺」とも書く。宗派は聖徳宗、本尊は薬師如来坐像。法隆寺東院の北方に位置する。現存する三重塔は1975年の再建であるため、世界遺産「法隆寺地域の仏教建造物」には含まれていない。法輪寺は寺史に関わる史料が乏しいため、創建事情の詳細は不明であるが、発掘調査の結果等から、7世紀中頃には存在していたことは間違いない。本尊薬師如来像と虚空蔵菩薩像も飛鳥時代末期にさかのぼる古像である。三井寺と言う別名は、当寺のある三井の地名に由来し、付近に聖徳太子ゆかりと言われている3つの井戸があった所から来ている(3つの井戸のうちの1つが現存し、国の史跡に指定されている)。